健康チェックサービスに関する論文への批判に対するコメント

**2018年2月7日にアップデートしました。**

2018年1月18日付で英国の学術専門誌「Journal of Epidemiology and Community Health」上に掲載された近藤尚己と石川善樹による論文「Affective stimuli in behavioural interventions soliciting for health check-up services and the service users’ socioeconomic statuses: a study at Japanese pachinko parlours」に対していくつかの批判的な意見をツイッターやフェイスブック上でいただきました。

なお、本論文は英語で記載されているため、言語の違いによる齟齬をできるだけ回避するために、日本語のプレスリリースを掲載いたしました。

いただいたコメントの多くは、主に以下の2つでした。

1.私どもが用いた英語表現が、看護職女性に対して差別的であり、看護師に対するゆがんだステレオタイプを助長する

2.実証に用いた取り組み事例が不適切である

まず、表現について、私ども著者らは意図的に差別的な表現を用いたわけではなく、論文の準備段階で可能な限り誤解を与えないように慎重を期しました。しかし、その手続きが不十分であり、結果として、このことで強く不快に思った方がいるという事実を重く受け止めます。また、看護職のステレオタイプを助長しかねない点についても、配慮が足りず、また著者ら自身に内在したステレオタイプ的イメージが記述内容に反映された可能性を否定しません。不快感を抱いた方々に心よりお詫び申し上げます。

*ステレオタイプとは、多くの人に浸透している思い込みや偏見、高度に単純化されたイメージのことです。日本では、看護職に対して女性・若年・性的・補助役といったものが存在すると考えられます。

2.について、この論文の動機は、理性ではなく、楽しさ・好奇心・お得感・そして性的関心など、人の感性に働きかけることが健康づくりになかなか興味を持てないような人にもそのきっかけを与え、ひいては健康格差対策に資するのではないかというアイデアを提示し、事例を用いて検証することでした。感性に訴える具体的な方法については、事例で取り上げたアプローチを含め、倫理や社会的な受容性の観点から更なる議論が必要である、という結論をしめしています。感性に訴える方法は性的関心に特段限定されるものではなく、様々な方法がありますが、今回はこれまであまり研究されてこなかった性的関心に焦点を当てました。

この詳細は原著論文に記載されていますが、専門的なため、幅広い方々には理解されないものと思います。一方で抄録という限られた分量の記述ではうまく伝えきれず、研究全体の是非として議論が広まったと認識しています。

以下に、もう少し詳しく説明いたします。

1.研究の動機について

私たちは、現在の日本社会を取り巻く健康格差の状況、とりわけ、健康を自己責任としてとらえ、健診を受けないなど、一般に「望ましくない」とされる行動を続けることで病気になった人々を見捨てるような風潮に対して危惧を抱いています。健康への意識を保てない人びとがいることの背景に、その人たちをそうせしめている社会構造、すなわち、所得再分配制度のひずみや就労制度の課題、たばこ産業等への規制の弱さ、そして差別といった問題があると考えるからです。健康格差に対しては、社会のなかの様々な組織がそれぞれの使命と役割を意識し、連携して取り組むべきであると考えます。

本研究も、この問題意識から生まれたものです。行政任せにしていた健診の普及に対して、民間企業が活用するような、理性よりも感性に働きかけるアプローチの可能性を明らかにすることで、そこに突破口を開くことができるかもしれないと考えました。本研究は、一つの事例を用いてこれらについて検討することを目的としました。ただし、本論文の抄録と本文の結論の中で明確に述べているように、性的関心など、感性に訴えるアプローチの倫理的課題については、安易な応用をせず、今後さらに検討しなければならないと考えています。本研究で取り上げた、性的な関心へアピールするアプローチが手段として妥当か否かの判断は本論文では保留しています。

2.用いた表現について

本論文を準備する過程において最も慎重さが求められたのは、この部分をどう的確に表現するかということでした。英語のネイティブスピーカーでない私たちにとって、どういった表現が社会的に受け入れられるか否かを見極めるのは大変困難でした。そこで、関連テーマを扱った過去の英語の学術論文を検索して候補を選び、国内外の研究者からの意見を踏まえて決定しました。調べたところ、eroticやそれに類する言葉は社会心理学や医学等の分野で盛んに用いられており、学術的に特段避けるべき用語ではないと判断しました(例1例2例3)。ただし、それで本当に安全か否かは言語の壁から判断しかねたため、その後は、投稿後の編集者や査読者からの指摘の有無で判断することとしました。私たちの原稿は複数の雑誌の編集部の査読を受け、複数のコメントをいただきましたが、本文中の表現についての指摘はありませんでした。このように慎重を期しましたが、前述のように、思いいたらず、また確認が不十分であったと理解し、深く反省しております。

3.批判の背景にある社会的課題について

差別的であるというご意見について真摯に受け止めています。女性看護職の方々が日本社会や医療現場において置かれている立場やそこで起きやすい経験、それが起きる構造的要因について、今後も学び、考えていく所存です。

4.調査の概要について

本研究は、日本政府(日本学術振興会)の補助金のうち、挑戦的萌芽研究という枠(テーマ「認知バイアス効果を応用した健康格差対策のための新しい行動変容モデルの開発」)のものを受けて実施しました。研究の実施に際しては、東京大学医学部倫理審査委員会による厳正な審査を経て、承認を受けています。

5.倫理的な課題について

本研究で取り上げた取り組み事例に関連する倫理的な課題としては、たとえば、次のようなことが考えられます。

1)勧誘を担当する人への差別を助長しないか、それを防ぐための方法は何か。

2)特定の職業への従事者に対する社会のゆがんだ認識を想起させることで、当事者に精神的ダメージを与える可能性はないか。

3)コンパニオン業等の従事者の自己選択権への配慮。その背景にある社会格差の問題。

4)強烈な勧誘効果により依存症を引き起こす可能性。

 

著者代表 近藤尚己

注)この間の議論を受け、コメント内容をアップデートしました。解決済みの件等について削除し、セクションの並びを変更するなどの修正をしました。過去のバージョンをご希望の方はお知らせくださればお送りします。