経営者必見!ニッポンの長時間労働をなくす「5つのおもしろアイデア」

長時間労働をどうなくすかが議論されています。

東京大学大学院の受講生たちが、思わず長時間労働をしたくなくなってしまう、ユニークだけど、無理なくできそうな5つのアイデアを提案してくれました!

経営者の皆さん、必見です!

印刷用ファイルはこちら→ニッポンの長時間労働をなくす5つのアイデア.pdf

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ニッポンの長時間労働をなくそう!
東大生が考えた 自然と「残業したくなくなる」 5つのアイデア

アイデアその1 残業しないとオトク 「ノー残業手当」

アイデアその2 冷静なうちに決めてしまう 「初出勤日に決める年間有給取得計画」

アイデアその3 みんながやっているとやりたくなる 「みんなのリアルタイム退社モニター」

アイデアその4 お知らせしましょう 「残業時に鳴り響くアラーム」

アイデアその5 だらだら会議はおしまい 「時間制限のある会議設定システム」

ポイント

  • 過重労働は甚大な健康被害を生んでいる。今こそエッジの効いた対策を
  • 国も企業も試行錯誤中
  • ひとには不合理な行動の「クセ」がある。それを逆手に取るべし

 

*このコラムは、東京大学大学院医学系研究科公共健康医学専攻で開講した健康格差対策・社会疫学に関する講義「社会と健康Ⅱ」(健康教育・社会学分野 近藤尚己准教授)の平成28年度のコースを受講した大学院生らによる演習発表としてグループで議論・発表した内容を一部修正・追記してまとめたものです。

 

グループメンバー:下田 哲広、安藤 恵美子、園田 正樹、中村 早希、山口 実花

 

はじめに

昨今、我が国において過重労働は大きな社会問題となっています。総務省の労働力調査によれば、2013年度に週の労働時間が60時間以上の者は日本では474万人にのぼり、週35時間以上労働者の12.5%であると報告されています[1]。この過重労働傾向は欧米諸国(特にヨーロッパ諸国)に比べて高く、OECDのiLibraryならびにILOstat
databaseによれば、年平均労働時間、長時間労働者の構成比のいずれもイギリス・フランス・ドイツに比べ突出している傾向が観察されます[2][3]。過重労働は健康被害と密接に関連しているとされていて、例えばJangら(2015)は過重労働と脳・心臓血管疾患の関連について報告しており[4]、またLiuら(2002)は我が国における過重労働と心筋梗塞の関連について述べています[5]。したがって、過重労働問題の解決は我が国における公衆衛生上の喫緊の課題の1つと考えられます。

これまでの過重労働対策

既存の過重労働対策についてまず、国が実施しているものとしては、「労働基準法第36条による協定」「長時間労働に関する監督指導・捜査体制の整備」「違法な長時間労働が発覚した企業の社名公表」等が存在します。さらに2016年6月の「ニッポン一億総活躍プラン働き方改革」以降、「重点監督対象の拡大」「関係省庁が連携して下請などの取引条件に踏み込んだ仕組みの構築・運用」「労働基準法について、36協定における時間外労働規制の在り方を再検討」といった対策が推進されています[6]。一方企業による対策としては、上場企業301社の73%が、自社で取り組む働き方改革の優先課題として「長時間労働の是正」を挙げているとの報告があります[7]。しかしながら具体的な対策の方法については、各企業で独自に様々な取り組みが始まっているが、依然として試行錯誤の状況が続いています。

新しい過重労働対策の切り口はないか?

新しい過重労働対策のアイデアを検討する上で、グループメンバーでまず考えたのは、メンバーの多くが過重労働の常態化していた職場で働いていた経験もあり、過重労働をしている労働者の行動変容(この場合は過重労働の是正)が困難であろうということでした。そこで、人間が自然と行ってしまう行動のクセを逆手にとって、行動変容が困難な集団に対して「自然に長時間労働という行動をなくすようなアイデア」が検討できるかもしれないと考えました。

「人間が自然と行ってしまう行動のクセ」とは?

古典経済学では「合理的に意思決定する人間」を仮定しますが、人間はすべての場合において合理的に意思決定を行っているのでしょうか?実際には、それは考えにくいかと思います。だとすると「非合理的に意思決定する人間」を前提として、この非合理性、あるいはバイアスを利用することで新しい切り口から過重労働対策が提案できるのではと考えました。以下表1に、書籍「行動経済学の逆襲」(テイラー、2015)[8]および「健康格差対策の進め方:効果をもたらす5つの視点」(近藤、2016)[9]に基づきグループメンバーで考えた、活用可能と考えられる人の意思決定の特徴(抜粋)について記載します。

 

表1.考えられる人の意思決定の特徴(抜粋)

(文献8、9を参考に著者ら作成)

インセンティブ人は、自分に得だと思うことを実行する

人は、利益よりも損失に過剰に反応する

現在バイアス人は、現在の問題を将来の問題より過大に見積もる
規範人は、周りの人の期待や選択に大きな影響を受ける
フィードバック人の認知的機能は限られており、適切なフィードバックを提供することで意思決定をより合理化できる
デフォルトセッティング(同じく)人の認知的機能は限られており、初期値として設定された選択肢に意思決定は大きな影響を受ける

 

「人間が自然と行ってしまう行動のクセ」を活用した過重労働対策のアイデア

以上の特徴を鑑み、それぞれの意思決定の特徴をうまく活用するようなアイデアについて自分達なりに考え、ディスカッションし、それぞれ当てはめていく作業を行いました。ただしその際、アイデアの適用可能性は企業が属する業界や企業規模によっても異なると考えられたため、今回は仮のケースとして、「300人程度の企業規模の、IT業界のシンクタンク(従業員の平均年齢:34.5歳)」を想定しました。想定される状況としては、「最近急激に業績を上げた会社で、会社規模も急成長。シンクタンクという仕事柄、長時間労働は常態化しており、企業文化も『本人が望んで長時間労働しているのに、何が問題なのか』という風潮。しかし、最近過重労働により長期休業をする社員がちらほらと出始め、人事部は問題意識を強めている。」というストーリーを考えました。これに対して具体的に考えた「人の意思決定の特徴に基づく、過重労働対策アイデア案」が、以下表2に示す内容です。

 

表2.人の意思決定の特徴に基づく、過重労働対策アイデア案

①インセンティブ残業しないとオトク 「ノー残業手当」
②現在バイアス冷静なうちに決めてしまう 「初出勤日に決める年間有給取得計画」
③規範みんながやっているとやりたくなる 「みんなのリアルタイム退社モニター」
④フィードバックお知らせしましょう 「残業時に鳴り響くアラーム」
⑤デフォルトセッティングだらだら会議はおしまい 「時間制限のある会議設定システム」

以下、1つずつ説明していきたいと思います。

第一に、『残業しないとオトク 「ノー残業手当」』については、インセンティブを活用したアイデアです。自身の経験や一般的に見聞きする話として、残業手当による給与の上乗せ分を目的として(通常の仕事が終わっていても)残業を行う場合が存在します。そこでインセンティブを逆手にとり、むしろ残業を行わないことに対して手当を支給することで、積極的に定時退社を促すことが可能と考えられます。

第二に、『冷静なうちに決めてしまう 「初出勤日に決める年間有給取得計画」』については、現在バイアスを活用したアイデアです。人は現在の問題を将来の問題より過大に見積もりという傾向があるため、将来の仕事について、現在時点ではあまり大きな問題として捉えていない年初の状態で将来の有給取得日を明確にしてしまい、それを義務とすれば、結果的に先んじて決めてしまった有給消化のために仕事を調整する動機が生まれると考えられます。

第三に、『みんながやっているとやりたくなる 「みんなのリアルタイム退社モニター」』については、規範を活用したアイデアです。人は意思決定に際して、周りの人の行動や期待に大きな影響を受けるため、周りの人の「退社行動」が明確に表示され、かつ「周りの人が皆、退社している傾向にある」という知覚を持つことで、退社行動が相対的に促されると考えられます。

第四に、『お知らせしましょう 「残業時に鳴り響くアラーム」』は、フィードバックを活用したアイデアです。人の認知的機能は限られているので、適切なフィードバックを提供することでより合理的な意思決定を促進できると考えられ、例えば定時を超えると(フロアに聞こえるくらいの)一定の大きさの音で警報が鳴ることで、残業を抑制しようとする意識が生まれる可能性があります。このとき「自分に関係がある」と思ってもらうために、例えば警報を切るスイッチを「ある人(その日のノー残業担当の人)のPCをシャットダウンすること」とし、その役割を持ち回りにすることで、警報を「自分に関係がない事象」と認知させない工夫も考えられるかもしれません。

第五に、『だらだら会議はおしまい 「時間制限のある会議設定システム」』は、デフォルトセッティングを活用したアイデアです。人の意思決定は初期値として設定された選択肢に大きな影響を受けるため、例えば会議を18時以降に設定できないといったシステムが構築されていれば、長時間労働に寄与する1つの原因である深夜の会議の開催を抑制することができると考えられます。

 

アイデアベースの対策をいかに評価するか

以上の提案はあくまでアイデアベースの内容であるため、本当に効果があるかについての検証が必要と考えられます。そこで近藤先生の授業における最終発表時は、企業にて上述のアイデアを検証するためのデザインについても提案を行いました。基本的には上述のアイデアの1つ(もしくは複数)を実行する群を介入群、なにもしない群を対照群とした無作為化比較試験を行い(支社、フロア、部署間などで2群に割付)、アウトカムとしての労働時間、有給取得率、ストレスチェックの結果、売上を1-3か月のフォローアップ期間ののちに行うというデザインを提案しました。とはいえ、発表時に出た議論として、本当にバイアスの生じない群分けができるのか?という点がありましたので、その点は具体的に対策の効果検証トライアルとして実施する際には適切なデザインを組んでいくべきだと思います。

 

まとめ

いかがでしたでしょうか。行動変容を起こしにくい集団に対していかに効果的に介入するか、という観点から考えると、「人間が自然と行ってしまう行動のクセ」の活用には大きな可能性があるように感じます。特に重要なのは、「長時間労働の是正について意図的に取り組まなくても、自然と長時間労働是正に向けた行動をとってしまう」という介入アプローチが可能ということです。企業において効果的とされる対策の知見が徐々に蓄積されることで、甚大な健康被害をもたらす過重労働問題が少しでも解決に向かうことを願ってやみません。ご興味のある企業様いらっしゃいましたら、ぜひ一緒に過重労働対策に取り組んでいければ幸いです!ご連絡お待ちしております。

 

追加の解説

解説① ~健康格差対策としての過重労働の是正

過重労働問題の解決が必要なもう1つの観点として、健康格差の増大が挙げられます。前述の労働力調査によれば、過重労働の傾向は性・年代別に異なり、まず性別にみると、男性で週労働時間が60時間以上の者の割合は16.7%、女性で週労働時間が60時間以上の者の割合は6.4%となっています(いずれも週35時間以上労働者における割合)。過重労働の傾向がより強い男性の中でも年代によってその割合は異なっており、最も週60時間以上労働の割合が高いのは30代男性で19.7%、次いで割合が高いのが40代男性で19.5%と、管理職の年代における過重労働がより多い傾向にあることが推察されます。即ち労働者の属性や役職によって過重労働の傾向が異なるということが示唆され、過重労働傾向の強い労働者とそうでない労働者の間で格差が生じている可能性が考えられます。このような過重労働傾向に関する格差は、前述の過重労働と健康問題との関連を鑑みると健康格差の増大に寄与する可能性があります。格差の大きな社会では人々は「相対的剥奪感」にさいなまれ、さらには信頼感が低下することでソーシャルキャピタルが損なわれるため、社会全体の効率が落ち、犯罪が増えるという報告もあります[10]。したがって、過重労働問題の解決は、絶対的な健康被害の減少のみならず、社会全体の健康格差の減少のために対策が必要不可欠な課題であると考えられます。

解説② ~「人間が自然と行ってしまう行動のクセ」を活用した介入策=「ナッジ」

今回ご紹介した「人間が自然と行ってしまう行動のクセ」を活用した介入策の考え方は、行動経済学の分野で「ナッジ」と呼ばれているようです。ナッジとは元来は「人を肘で軽くつついたり押すこと」という意味ですが、転じて、行動経済学では「選択をする人が、自分にとってよりよい結果になるであろう決定を、選択者自身の判断に基づいてするように、選択に影響を与えること」とされています。古典経済学では「合理的に意思決定する人間」を仮定するのに対し、行動経済学では「非合理的に意思決定する人間」を前提として理論が展開されており、この非合理性、あるいはバイアスを利用することで新しい切り口から介入策が考えられるのではないか?という考え方で、近年注目されています。

 

[1] 総務省 労働力調査 平成25年度
http://www.stat.go.jp/data/roudou/report/2013/

[2] OECD iLibrary
http://www.oecd-ilibrary.org/

[3]ILOSTAT database http://www.ilo.org/ilostat/faces/wcnav_defaultSelection;ILOSTATCOOKIE=_jvJPEhCRVVS4-0wOTiOjC3CzZjR277Ja-K_ymIzHo2FIyuT04F6!-1808332317?_afrLoop=469483882648217&_afrWindowMode=0&_afrWindowId=null#!%40%40%3F_afrWindowId%3Dnull%26_afrLoop%3D469483882648217%26_afrWindowMode%3D0%26_adf.ctrl-state%3D1100hjc4jg_4

[4] Jang TW1, Kim HR, Lee HE, Myong JP, Koo JW, Ye BJ, Won JU. Overwork
and cerebrocardiovascular disease in Korean adult workers. J Occup Health.
2015;57(1):51-7.

[5] Liu Y1, Tanaka H; Fukuoka Heart Study Group. Overtime work,
insufficient sleep, and risk of non-fatal acute myocardial infarction in
Japanese men. Occup Environ Med. 2002 Jul;59(7):447-51.

[6] 「ニッポン一億総活躍プラン概要」(2016/6/2閣議決定資料)

[7] 長時間労働是正が最優先、本社・日経リサーチ、働き方改革調査、企業の7割超が「課題」(働く力再興)2017/01/10 日本経済新聞 朝刊3ページ

[8] リチャード・テイラー(2015)『行動経済学の逆襲』早川書房.

[9] 近藤尚己(2016)『健康格差対策の進め方:効果をもたらす5つの視点』医学書院.

[10]Wilkinson RG, Pickett KE., 2007, The problems of relative
deprivation: why some societies do better than others. SocSci Med,
65(9):1965-78.