論文出版:コロナ禍での妊娠控え-コロナ禍での所得の減少、雇用不安、将来への家計不安が関連-

筑波大学松島みどり准教授との共同研究の論文が、Journal of Biosocial Scienceにオンライン掲載されました。

筑波大学人文社会系松島みどり准教授、当研究室近藤尚己教授らの研究グループは、COVID-19パンデミックと妊娠先延ばしとの関連性を検討しました。

本研究では、日本全国を対象として2020年、21年に実施した「日本におけるCOVID-19問題による社会・健康格差評価研究(JACSIS)オンライン調査」より、妊娠の意思がある女性768人のデータを分析し、約2割の女性が妊娠を先延ばしにしていたことを明らかにしました。さらに、その要因がCOVID-19の感染に対する恐怖や不安ではなく、コロナ禍での所得の減少や将来への家計不安であり、その影響は2021年に特に強くみられました。

本研究結果から社会的要因が妊娠希望者の妊娠の意思決定にも影響していることが確認され、パンデミック収束後においても経済不安の解消を進めることが重要であることが示唆されました。

Midori Matsushima, Hiroyuki Yamada, Naoki Kondo, Yuki Arakawa, Takahiro Tabuchi. Impact of the COVID-19 pandemic on pregnancy postponement – evidence from Japan. Journal of Biosocial Science,11 January 2023.

DOI: https://doi.org/10.1017/S0021932022000451

要約

1.背景
世界的に、COVID-19パンデミックによって妊娠を延期・断念する女性が増えていることが報告されてきました。日本でもパンデミック以降の少子化が懸念されていますが、妊娠を延期することにした人がどれくらいいるか、またその要因についてはほとんど研究がなされていません。世界的には感染率が低いにも関わらず、顕著な出生数の低下がみられる日本の事例を調査することには意義があります。COVID-19パンデミックは過去のパンデミックと違い、旅行や会食など様々な経済活動を制限したことによって、職を失ったり、所得が減少した人が一定数います。このような経済的な要因が妊娠の延期に影響を及ぼしている可能性も考えられるため、本研究では、COVID-19の感染に対する恐怖や不安に加えて、パンデミックによる社会経済状況の変化に着目しています。

2.研究手法・成果
本研究では「日本におけるCOVID-19問題による社会・健康格差評価研究(JACSIS)」が2020、21年に収集した、妊娠の意思がある女性768人(18歳~50歳)のデータを使用してCOVID-19と妊娠・出産の意思決定の関連性を検討しました。妊娠を延期したことの要因を調べるために、一般的推定方程式(GEE)とポアソン回帰を用いて分析しました。
分析の結果、約2割の女性が妊娠を先延ばしにしていたことが分かりました。GEE推定によると、妊娠の延期に関連する要因は、収入の減少(有病率 [PR]:1.53、95%信頼区間 [CI]:1.16-2.03)、将来の家計に対する不安(PR:1.56、95%CI:1.31-2.28)、現在子どもがいないこと(PR:1.56、95%CI:1.16-2.08)、大学卒業(PR:1.62、95%CI:1.04-2.52)でした。また、ポアソン回帰では、この関連は2021年の方が強くなっていたことが示されました。なお、年齢は妊娠を遅らせる要因として示されませんでした。
これらの結果から、COVID-19の感染への不安よりも、経済的な不安が妊娠の最大の障壁となっていたことがわかりました。パンデミックによる経済的な負の影響に注目し、経済的なサポートや、労働市場の改善などを行うことが重要であると考えられます。

3.波及効果、今後の予定
今回の研究から、妊娠の意思のある人が社会経済要因で妊娠を控えることが明らかとなりました。ただ、今回の研究では、パンデミック前後の夫婦関係や生活形態、親からのサポートなどの影響については考慮できませんでした。なお、本研究で示されたように高年齢層でも妊娠控えが起こっており、今後これらの女性が妊娠を断念する可能性もあります。一方で妊娠控えをした人々が妊娠をする可能性もありますが、過去の危機と出生率に関する研究からは、感染症そのものによって引き起こされた生み控えはパンデミック収束後に回復するものの、経済危機による生み控えは長期化することが明らかとなっています。今後、長期的な経済不安を取り除くための対策を講じるだけではなく、子どもを欲しいと思いつつも経済不安を抱えていることで生み育てられないと人々が考える社会そのものについての議論が必要です。

4.研究プロジェクトについて
この研究は、日本学術振興会科研費の助成を受けて実施したものです。記して深謝します。

 

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